COLUMN

連載:漢方屋の引き出し 〜色と薬と旅

Vol.2 紫根(シコン)/生薬名:シコン

Sep.30.2021
written by 杉本 格朗

前回は紅花について書いてくださった、大船「杉本薬局」の杉本格朗さん。第2回は紫根。漢方と染色、紫にまつわるさまざまなエピソードです。

 

傷や火傷の常備薬、紫雲膏

 染色と漢方薬の話をするときに、必ず出てくる植物、紫根。

なんとなく思い入れがあるというか、気になる存在でして、考えてみるとベタベタな関係ではないけれど、いい距離感でずっとそばにいるという感覚です。

 紫根との出会いというか、一番古い記憶は幼少の頃、転んで擦り傷を作ったり、熱いものを触って火傷をしたりすると、必ず家族の誰かが「紫雲膏を塗っておきなさい」と言って持ってきてくれる、そんな記憶です。その紫色の軟膏「紫雲膏」の成分が紫根です。紫雲膏には肉芽形成促進作用があり、傷の治りが早いので、今でも一家の常備薬として重宝していて、もちろん薬局の仕事でも使っています。

紫雲膏の色は、こんなに鮮やか。ロンドンのワークショップにて

 一家の常備薬のイメージだった紫根ですが、その後、大学で染色の勉強をはじめた際に、染料というもうひとつの側面に触れました。絹を染めたその色がとても美しかったことと同時に、軟膏を塗るように、生地を身に纏うことで何か身体に作用があるんじゃないかと思いを巡らせました。

 

染料と漢方のムラサキについて

紫根は、ムラサキという植物の根のことを指し、生地を紫色に染める染料として、また前述したように漢方薬の生薬としても使われています。

紫色は古来から高貴な色として珍重され、「冠位十二階」の最上位の色としても知られています。紫を染めるにはとにかく手間がかかり、他の植物染めのようにお鍋でぐつぐつと煮るだけでは上手く色素が抽出できず、杵などで叩きながら、シコニンという色素をこそぎ取るようにして染めていきます。この手間が本当に大変で、気の遠くなる作業ですが、なんとも言えない紫色に染まります。

 漢方薬では清熱涼血薬のひとつとして、出血や炎症を治す効能や、発疹を促して毒素を排出する効能などがあります。冒頭でも触れましたが、紫根を使った漢方薬は、江戸時代の医師、華岡青洲氏が、潤肌(じゅんき)膏という軟膏に豚脂を加えて考案したとされる紫雲膏が有名です。胡麻油を火にかけ、蜜蝋と豚脂を溶かした中に、紫根と当帰(とうき)を入れ、エキスを抽出し固めたものです。140〜180℃の油に紫根を入れると、生薬が素揚げされる状態になり、じわじわとムラサキのエキスが抽出され、油液が一気に紫色に染まります。焦げる前に生薬を取り出し、濾して熱が冷めてくれば、徐々に固まり軟膏が仕上がります。工程は割とシンプルですが、軟膏ができていくと思うとちょっとワクワクしませんか?

ムラサキソウの花

 一般的に、染色用は軟紫根、漢方薬には硬紫根と同じ紫根でも区別がされていますが、このように現代でも有効に活用できるというのは、植物と先人たちのおかげです。また、紫雲膏のほかにも紫根を使った漢方薬で、紫根牡蠣湯(しこんぼれいとう)といった内服薬があり、こちらは乳がんなどリンパの腫れや乳腺炎、皮膚の炎症に使われています。

 

紫を求める旅。ロンドンで紫雲膏づくりのワークショップ

JAPAN HOUSE LONDONでの吉岡幸雄さんの展覧会会場。手前が紫根

 さて、このように常に私の人生のそばにあった紫根ですが、前回の紅花の回でもお話したロンドンでの展覧会や、吉岡幸雄先生のドキュメンタリー映像「紫」(川瀬美香監督作品/2011年)のエピソードを思い出します。

 JAPAN HOUSE LONDONで2019年に開催された吉岡先生の展覧会「Living Colours: かさねの森 染司よしおか」の会場で、紫雲膏作りのデモンストレーションを行ないました。地下のギャラリーに多くの方にお越しいただき、ライブカメラをセットしての紫雲膏作り。ロンドンのギャラリーで漢方の軟膏作りをすることはなかなか妙な光景のようで、お客さまも何が起こるのか興味津々の表情をしていました。

「油の温度が140℃ほどになったら、紫根を入れて、油が紫にジワーッと変化していきます」と工程を説明する私と、ここがクライマックスとばかりに、紫根を油に入れる弟の様子はさながら、お料理番組やテレビショッピングのようでもありましたが、最後は日本で作ってきた紫雲膏が完成形として登場します。皮膚に直接つける軟膏は、何か起きてもいけませんので、ご来場者にお配りはできませんでしたが、参加者の関心は深かったようで、質問タイムから個人相談をする方もいらっしゃるほどでした。そして、何よりも吉岡先生の紫根染めの作品の隣で紫雲膏作りができたのは、植物の持つ色素と薬効の紹介をする上でとてもいい機会になりました。

吉岡先生のドキュメンタリー映画「紫」のこと


映画「紫」がボルネオの映画祭に出品された時の、川瀬美香監督と吉岡幸雄先生

2011年に公開された、吉岡先生のドキュメンタリー映像「紫」。そのタイトルからもわかるように、紫は吉岡先生がとても好んだ色です。ボルネオ島のコタキナバルで行われた、2013年の「ボルネオ・エコフィルムフェスティバル」で、映画「紫」が上映された際は、私も現地に行くことができました。この時から、いつか紫根をテーマに染色と漢方のイベントをしようと考えていたのです。そういった経緯もあり、JAPAN HOUSE LONDONでの紫雲膏作りは、学生の頃に思いを巡らせた「生薬で生地を染めて纏うことと、漢方薬として服用したり、肌に塗布するということ」について、一つの形として発表できたように思います。

ボルネオでの映画祭の合間には、インドネシア・ジャワ島のボゴール植物園に出かけ、染色材料や漢方薬になる植物を見学したのも良い思い出です。

ドリンクにして飲ませてくれた蘇芳(スオウ)、マレーシアやインドネシア、台湾などで嗜好品としても用いられる檳榔樹(ビンロウジュ)、ライチの樹木に付着する染料として使われるカイガラムシ、そのライチと似ている実を付けるリュウガンなど、普段、漢方薬や染料として手にする加工されたものとは違い、土地に根付く生きた原型を見ながら、今後は原材料の生育にも携わっていけたらなとまた目標ができました。

 今回も紫根に始まり、古来から現代、日本、ロンドン、ボルネオ、マレーシア、インドネシア、台湾と、時間も空間も交差しながら植物の文化をたどり、話が転がっていきましたが、個人的には、紫雲膏の香りが自分の幼少期を思い出させる香りであることに初めて気がついた回でもありました。今後も紫根染めの生地や紫雲膏が暮らしに役立ち、文化が繋がっていくことを願っています。

※文中に出てくる漢方薬や生薬の効能や、服用に関しては個々によって異なります。妊婦さんの摂取に関してなど、必ず専門家に相談するようにしてください。

Profile : 杉本格朗 / Kakuro Sugimoto

鎌倉市大船で1950年の創業以来、一人ひとりの体質に合った漢方薬や自然薬を提案している杉本薬局の3代目。大学では染色や現代美術を学び、2008年 に実家の杉本薬局に入社。2021年には表参道GYRE4Fのeatrip soil内に出張相談所「杉本漢方堂 Soil」を設立。漢方の伝統と奥深さに触れ、店頭での漢方相談を主軸に、生薬の薬効、色、香りを研究し、漢方の視点から暮らしを豊かにする活動をライフ ワークとしている。
漢方監修:G20大阪サミット「配偶者プログラム」,温泉宿「SOKI ATAMI」 ほか
著書:『こころ漢方』(山と渓谷社)

杉本薬局    http://sugimoto-ph.com/

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