COLUMN

連載:漢方家の引き出し 〜色と薬と旅

Vol.1 紅花(ベニバナ)/生薬名:コウカ

May.21.2021
written by 杉本 格朗

神奈川県の鎌倉市大船で代々続く漢方薬局「杉本薬局」の若き三代目、杉本格朗さん。大学時代は染織を学び、スイスのミュージアムにインターンの経験をしたこともあるというユニークな経歴の持ち主です。2019年に急逝された染色家、吉岡幸雄先生とも交流が深く、ヨーロッパやアジアを共に旅したことも。そんな杉本さんによる染料と漢方についての連載です。

 

私たちは自然の一部である、東洋医学の視点から

「旅とテキスタイル」というテーマでの寄稿は、漢方薬局に生まれ、大学で染織を学んだのち、漢方を生業にして、休暇には旅をする私にとってまさにライフワークのような企画です。植物の繊維や色、薬効にフォーカスしてみたり、地域から植物や文化を掘り下げてみたり、現地に足を運び手足を動かしてみたり、実際にもの作りに挑戦したりなど、勝手に妄想が広がっていきます。

土地の植物、風土、歴史、文化、医療を知り、それらの関係性を整理して繋げていくと、毎回、 私たちも自然の一部であるということ、思わず納得してしまう自然界の摂理があることに気づかされます。ドキュメンタリー映画「ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方(原題:The Biggest Little Farm)」に描かれていた自然や動物たちとの共生、調和のシーンを観た際にも、この世界にある摂理と、その摂理に沿って暮らすことについて改めて思い返しました。

実は、この摂理に逆らわずに暮らすことこそ、東洋医学の治療に用いる整体観であり、人間と自然とをひとつのまとまりとして捉え、どのようにバランスが崩れ、人体に影響し、不調が出ているのか、 病気の原因を探していくことと重なります。

ロンドンの講演会では、東洋医学の理論「五行説」を英訳したスライドを使って説明。

 

 そのようなことを思いながら、なんとなく初回の植物に紅花を選んでみました。

 紅花は、西南アジア、北アフリカで古くから栽培され、6世紀頃に日本に伝えられたとされています。花弁には黄色色素(サフロールイエロー)と紅色色素(カルタミン)が含まれ、濃淡の紅色を出します。まずは黄色色素を水に溶け出させてから、紅色色素を抽出しますが、紅色色素はわずか1%ほどしか含まれていないため、とても高価なものとされていました。東大寺のお水取りの際の椿の造り花は、紅花で染められており、現代に受け継がれています。

また、紅花は、内服薬や入浴剤としても使われ、体を温めて血液を巡らせる働きがあります。一例として、紅花の配合された「冠心Ⅱ号方」という漢方薬は、血流を良くして痛みを緩和する作用があります。こうしてパソコンに向かって原稿を書いていると、どうしても姿勢が悪くなり、肩や首のこり、目の疲れを感じることがあります。そんな時に飲みたくなる漢方薬です。専門的になりますが、生薬辞典で紅花を調べると、【辛・温】辛くて、温める生薬とあり、効能は活血通経(かっけつつうけい)、祛瘀止痛(きょおしつう)、つまり血を巡らせ、月経を整えたり、痛みを緩和する生薬だということがわかります。漢方の言葉だけあって、難しい漢字が出てきますね。

私自身、冷えたり血流が悪くなって肩のこりを感じた時に、紅花の配合された漢方薬を服用したり、紅花をブレンドした入浴剤を入れた湯船にゆっくりと浸かったりと、日頃から紅花のお世話になっています。

 

ロンドンでの吉岡幸雄先生との紅花の思い出

2019年4月、ロンドンで開催された「染司 よしおか」吉岡幸雄先生の展覧会「かさねの森」

さて、紅花にまつわる旅について、書いてみたいと思います。

2019年の4月にロンドンのJapan houseで開催された「染司 よしおか」吉岡幸雄先生の展覧会「かさねの森」の会期中に、染色で使われる植物と漢方の生薬の共通性について講演とデモンストレーションをしました。Japan houseは日本の工芸品やモダンデザインの商品などが並び、展示スペースやトークルームのある建物で、伝統から現代までの日本文化の発信地的な役割があります。

展示風景。「染司 よしおか」の植物染めの作品、染料、糸、技法を紹介し、好評を博した。

打ち合わせを終え、吉岡先生と一行でロンドンのソーホー地区にある一軒の漢方薬局を訪れました。そこで吉岡先生が薬味箪笥にある紅花を指差し、「紅花は体を温める以外にどんな効能があるんや。おや、あっちの紅花は随分高いな」などと会話をしたのを思い出します。薬味箪笥のラベルを見ると「紅花」と「番紅花」とありました。どちらも赤く細い形状で似ているのですが、番紅花はサフランのことで、生地を染める染料として大量に使用するにはとんでもない金額になります。吉岡先生は漢方薬局で紅花を100gほど購入し、講演中にその紅花と染色した生地をお客様に見せながら「先ほど漢方薬局で紅花を買ってきました。これで生地がきれいなピンク色になります」とお話しされていました。

ロンドンのチャイナタウンにある、
北京に本店をもつ中国漢方薬局の老舗「北京同仁堂」ロンドン店。

イギリスでは、ハーブを暮らしに取り入れることが多く、やはり染色や漢方と共通する植物もあります。来場者はとても熱心に講演を聞いてくださり、材料のこと、技法のことなど、話が終わると次から次に多くの質問が飛び交いました。毎回、講演が終わると先生の周りに人が集まり、通訳さんも大忙しです。

ロンドンでの講演前、通訳さんに紅花について説明する筆者。

 漢方のデモンストレーションでは、陰陽五行説や漢方の基本的なお話しの後に、参加者のお悩みを伺い、そのお悩みに対して生薬をブレンドしてお見せしました。会場の規定で実際に味見をしてもらうことはできなかったのですが、「どこに行けば買えるのか。日本から送ってもらえるのか」、「本を英訳の予定は?」など、大変興味を持っていただき、とりあえず「ソーホーの漢方薬局に行くとあるよ」と伝えましたが、「You should have an office in London.(ロンドンにも店を持ってよ)」と、嬉しいお言葉もいただきました。

その後、街のスーパーマーケットや薬局を巡り、漢方由来のサプリメントも見ましたが、確かに、説明がないと何だかよくわからない。試しに、シナモン、ターメリック、朝鮮人参、エゾウコギ、イチョウ葉などのサプリメントを買って帰ってきましたが、日本の漢方薬局をはじめとする相談薬局は、相談できることに価値があり、暮らしの中に個々に相談できる場所があることはとても大切だと改めて実感しました。

 また、毎日のように訪れたJapan house近くのCafeではターメリックラテがあり、コーヒーではなくウコンのラテが流行っていて、現地でよく飲まれていました。午後に何度もカフェインを摂ると眠れなくなってしまうこともあり、味もおいしかったので私たちも重宝しました。旅に出るとCafeやBarに寄りたくなるのは、味覚やノリを現地に合わせて溶け込みたいみたいという気持ちのあらわれでしょうか。吉岡先生もお酒が大好きで、時間を見つけてはBarに腰掛けて一杯飲みながら話をしていました。CafeやBarのスタッフの方も展示に来てくれたりと、そういったコミュニケーションが取れるのも旅の良さですね。

ロンドンでは、吉岡幸雄先生と共にカフェやバーも巡った。貴重な思い出。

話は戻りますが、さまざまな利用方法のある紅花は、収穫にとても手間がかかります。いつか紅花農家さんの畑にもお邪魔して、改めて記事にしたいと思っていますが、染色材料や漢方の生薬をどのように育て、どのような人が関わっているか、また今後の展望など、中には枯渇する天然資源もありますので伺ってみたいと思っています。

 大学の恩師に言われた、植物で染めた生地が外から人体に与える影響(外服)と、薬として内服する時の効果の、外側からと内側から研究が形になりつつあることを嬉しく思いながら、早くいろいろなところへ訪れたい気持ちでいっぱいです。

※文中に出てくる漢方薬や生薬の効能や、服用に関しては個々によって異なります。妊婦さんの摂取に関してなど、必ず専門家に相談するようにしてください。

Profile : 杉本格朗 / Kakuro Sugimoto

1982 年生まれ。1950 年創業の杉本薬局(鎌倉市大船)の3代目。大学では染織や現代美術を学び、2008年に実家の薬局に入る。古典的なイメージの漢方をもっと身近に感じてもらいたいと、店頭で漢方相談をする傍ら、坂本龍一氏主宰のイベントへの参加や、出張ワークショップなどを展開。漢方を日本の文化の一つとして、海外にも活動の場を広げている。現在、表参道GYLE eatrip Soil内にも出張相談所を開設(木・日曜不定期)。著書『鎌倉・大船の老舗薬局が教える こころ漢方』(山と渓谷社)

杉本薬局    http://sugimoto-ph.com/

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