COLUMN

連載:いつか行きたい!世界のミュージアム

Vol.1 モロッコ・マジョレル庭園のふたつのミュージアム

May.14.2021
written by 難波ひとみ
By Bjørn Christian Tørrissen  http://bjornfree.com/galleries.html

 

コロナ禍で旅に出かけられなくなった時に立ち上げた、Facebookのグループ「次に行きたい世界のテキスタイルミュージアム&マーケット」。真っ先に投稿してくれたのが、ウクライナ刺繍作家であり、世界の手仕事や民族衣装の研究をする難波ひとみさん。無類の旅好きでもあり、休暇を取っては海外旅行へ。旅先で必ず訪れるという美術館の中でも、特に印象深かったというモロッコのミュージアムレポートです。

 

◇ベルベルミュージアム Pierre Berge Museum of Berber Arts

コロナが収束して、海外へ行けるようになったら真っ先に再訪したいのは、モロッコ、マラケシュのマジョレル庭園にあるベルベルミュージアム。北アフリカを中心に古くから住み、すぐれた文化、芸術を形成したベルベル人の美しい民族衣装の数々を堪能できる珠玉の博物館です。

2011年にモロッコ国王ムハンマド6世の厚い支援によりオープン、パリを中心に活躍したファッションデザイナー、イヴ・サン・ローランとパートナーで実業家のピエール・ベルジェが収集した、トゥアレグなど各地のベルベル人の数多くの民族衣装が圧巻。ジュエリーやアクセサリー、絨毯、楽器など600点以上が収蔵されています。

近年、モロッコではベルベル人の研究が進み、ベルベル人の言語で「神の国」を意味するマラケシュでは、ベルベル人の文化を紹介する博物館がいくつかありますが、展示物のすばらしさ、ドラマティックさにおいて、ベルベルミュージアムは突出しています。同じベルベル人でも地域によって、シルバーや衣装やアクセサリーのデザインも素材も多種多様。イヴ・サン・ローランのデザインに大きな影響を与えたと言われるのも納得です。

またマジョレルブルーといわれるベルベルミュージアムの青い建物は、マラケシュの明るい太陽のもと、色鮮やかに咲き誇る花々に囲まれ、イヴ・サン・ローランとピエール・ベルジェが歩んだ華々しい時代を象徴しているかのようです。残念ながら館内は写真撮影禁止なので、行った際はしっかりと脳裏に焼きつけてくださいね。

(注:2020年秋、Berber MuseumからPierre Berge Museum of Berber Artsに改称)

 

◇イヴ・サン・ローラン・ミュージアム Yves Saint Laurent Museum

マジョレル庭園の一角に2018年にオープンしたイヴ・サン・ローラン・ミュージアムには、彼が40年にわたるデザイナー人生において発表したすべてのコレクションのプロトタイプが保存され、その一部を見ることができます。オートクチュールにはあまり興味はなかったのですが、最初にイヴ・サン・ローランの功績を紹介する短い動画を見た瞬間、すっかり心をわしづかみにされてしまいました。

今や定番となっているトレンチコートやPコートなど、もともと軍服だったものを女性のファッションに取り入れたのも、女性の解放にも積極的に取り組み、有色人種モデルをファッションショーで最初に起用したのもイヴ・サン・ローランの功績でした。ファッションだけでなく、舞台芸術においても才能を開花した彼のドローイングが館内に展示されています。残念ながら撮影可能な部分はごく一部なのですが、マラケシュの太陽の光に負けない鮮やかな色彩と彼のセンスが融合を感じることができます。

セヌフォ族のカラオ鳥の立像。1960年にイヴ・サン・ローランとピエール・ベルジェが最初に購入したもの
ヴィラ・オアシスのカトリーヌ・ドヌーヴとイヴ・サン・ローラン
イヴ・サン・ローランが舞台のためにデザインした衣装のイラスト

 

◇マジョレル庭園

ベルベルミュージアムやイヴ・サン・ローランミュージアムが建つマジョレル庭園は1920年代、フランス人画家ジャック・マジョレルがここにアトリエ兼住居を建てたことに由来します。植物学が好きで、当時、偉大な植物採集者のひとりであったジャック・マジョレルは世界中から集めた珍しいエキゾチックな植物で庭園を彩り、1947年に一般公開。しかし、ジャック・マジョレルが交通事故で亡くなって以降放置されており、1980年にイヴ・サン・ローランとピエール・ベルジェが購入。彼らの別荘兼アトリエとして整備されました。ここで長い時間を過ごすようになり、以降、サン・ローランの作品の色彩は大きく変化しました。2008年にサン・ローランが亡くなった後、庭園はイヴ・サン・ローラン財団の所有となり、2011年にベルベルミュージアム、2018年にはイヴ・サン・ローランミュージアムがオープン。マラケシュで最もフォトジェニックな観光スポットとなりました。ぜひ周りの観光客に負けない派手な色彩のファッションで訪れていただきたい場所です。庭園のそこかしこで繰り広げられるSNS用と思われる写真撮影の激戦は見るのも参加するのも貴重な経験と言える

アクセス
マジョレル庭園は、マラケシュの旧市街メディナの中心ジュマ・エル・フナ広場から約2km、新市街Gueliz(ギリーズ)にあります。屋台や大道芸人で賑わう旧市街とは対照的な、現代的で洗練されたカフェやショップが立ち並ぶマラケシュのビバリーヒルズのようなエリアです。
マジョレル庭園

Profile : 難波ひとみ / Hitomi Nanba

刺繍研究家。ウクライナやモロッコ、インドなど幾何学模様の刺繍を中心に世界中の民族衣装や刺繍を研究し制作している。消えゆく世界の手仕事に少しでも興味を持ってもらうため各種イベントにて魅力を発信。「はじめてのフェズ刺繍」(2019年6月誠文堂新光社刊)、「旅と刺繍と民族衣装」(2020年7月誠文堂新光社刊)部分監修を務める。

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