沖縄で伝統染織に関わる島袋領子さん。ご専門の知花花織をはじめ、沖縄で受け継がれる手仕事について書いていただきます。今回は琉球の愛らしい伝統布、ティーサージについてです。
女性には霊力が備わっていると考えられていた琉球王国時代、航海に出る男性達の安全を願ってその妻や姉妹によって織られた「ウミナイ ヌ ティーサージ」と呼ばれる布が贈られていました。また「ウムイ ヌ ティーサージ」という意中の男性に女性から贈った布もありました。
「ティーサージ」は「手巾」と表記され「手ぬぐい」と訳されていますが、手や顔を拭いたりする日常使いの布でなく、贈られた男性が大事に持っていたお守りのような布です。
今でも残っている「ティーサージ」の多くは、「ティーバナ ウイ」と呼ばれる縫い取り織りで織られており、絣などが併用されているものもあります。素材は木綿糸に毛糸の紋糸をあしらったもの、芭蕉糸に木綿糸の組み合わせや絹糸を使ったものとバリエーションに富み、寸法も決まってはおらず、布幅や長さは織り手によって様々で着物地の残糸などで織ったと思われます。
一面に隙間なく色とりどりの糸で施され、自由にデザインされた紋様の布は、それだけで可愛らしくて力強く、見ているだけで織り手の愛情やエネルギーをもらえます。
海に囲まれていた琉球王国は、危険を伴う航海によって隣国との政治や経済活動を行ってきた歴史があります。
日本や中国、遠くはタイやインドネシアに旅立つ男性を思い、留守を預かる女性たちは「波は穏やかでありますように」「海賊に襲われませんように」「交渉ごとはうまく行きますように‥‥‥」と、無事を祈らずにはいられなかっただろうと想像できます。
ティーサージに限らずですが、織機に向かい紋様を一段一段織り進め、同じことの繰り返し返しの工程は、自ずと祈るような気持ちになっていくことがあります。
細かい紋様は、織り始めこそ間違えないように図案を見ながら慎重に進めていきますが、パターンを手が覚えてルーティーンに入ると、ただ織り進めている状態に入っていき、まるでマインドフルネスのように頭の中は無に近い状態になります。そして頭の中が一旦デフォルトした後、他の事柄が脳内を少しずつ占拠してくるのです。
気掛かりなことや心配事があると、「ああすればよかった、こうすればよかった」と反省し、「それでもなんとか上手くいきますように」と自然と祈るような気持ちで杼(ひ=シャトル)を投げ、踏み木を踏み続けていきます。
悲しいことがあると手が進まなくなってしまうこともありますが、逆に浮かれていると締まりのない布になってしまうこともしばしばです。
織機の前に座っていると、手織り布にはおのずと祈りが込められると感じます。
時代とともに手作業が少なくなり、機械化からさらにIT化へと発展して便利になってきましたが、一方ではある意味、不便や困難に取って変わっているようにも思えます。
祈るべき対象が減ることはないようです。 これからも「幸せに過ごせますように」「どうか乗り越えられますように」誰かのことを祈りながら織り続けていこうと思います。
沖縄県生まれ。染織家。琉球大学教育学部美術工芸科卒業。沖縄市の知花花織後継者育成事業の講師、沖縄県立首里高校染織デザイン科非常勤講師を務める。2011年、首里織の長嶺亨子氏に師事し、2013年より沖縄県工芸振興センター 織物講師を4年務める。2019年~現在「手織工房 マルベリー」で、染織品の制作と織物教室を開催するほか、カルチャーセンターや生涯学習施設でも教えている。