旅先のメキシコで織物と出会い、その後現地に留学。現在メキシコに工房を構え、織物作家として活動する村井由美子さん。テキスタイルはもちろん、メキシコの魅力的なクラフトについての連載です。第1回は村井さんが学び、暮らしているサン・ミゲル・デ・アジェンデの町と、伝統織物「タペテ」についてです。
私が暮らしているサン・ミゲル・デ・アジェンデは、メキシコの地図のちょうど真ん中あたり、海から遠いメキシコ中央高原、標高1900mにある小さな田舎町です。
ガイドブックなどには、サン・ミゲル・デ・アジェンデ(以下サンミゲル)という町は、コロニアルな街並みに、おしゃれなギャラリーやレストランが人気のメキシコ屈指の観光地という風に紹介されがちですが、(そしてそれは事実なのですが)、もともとは織物や銀細工、鍛冶や張り子など、手仕事を生業にしている人が多く住む、工芸と職人の町です。
スペインからの独立運動の中心地となったり、メキシコ映画黄金期の銀幕スターが集まる保養地だったり、アメリカ人がたくさんやって来たりと、歴史の中で様々な表情を見せてきたサンミゲルは、片田舎といえども、熱く、文化的でコスモポリタンな雰囲気が漂う面白い町です。私はこの町で織物と出会い、織物を学びました。
私とメキシコの最初の出会いは、実は織物とは全然関係がなくて、まだ歴史を専攻する大学生だった時のこと。遺跡巡りが好きで訪れた初めてのメキシコは、密林の中に佇むマヤ文明の遺跡と、近くて強い太陽と、その光が落とす濃い影がとても印象的でした。強い太陽の光のせいなのか、メキシコで見る景色はそれまで行ったどの国とも違う色をしていて、とても心に残りました。 2005年、2度目のメキシコで、カラフルでコロニアルな街を知りました。マヤやアステカとは違う、でもスペインとも違うメキシコの街並み。初めてサン・ミゲル・デ・アジェンデを訪れたのもこの時でした。予定も決めない一人旅。なんとなく面白そうだから、という理由でアジェンデ美術学校(Instituto Allende)の織物クラスに通ってみたのです。これが私と織物の出会いです。当時、学校は18世紀に町の有力者によって建てられた石造りの建物の中にあって、天井の高いその教室で、機織り機を打つ音と言葉の分からないローカルラジオが静かに流れる中、一心に機に向かって手を動かすのはとにかく楽しくて、不思議なくらい魅惑的でした。
そして2007年、3度目のメキシコは鼻息荒く、決意をもってやって来ました。サンミゲルで織物を学ぶのだ!と。 サンミゲルの伝統織物「タペテ」は羊毛を使う平織・つづれ織りの織物です。ちゃんと織れるようになりたい。織るだけではない、羊から毛を刈ったり、糸を洗って、染めて、経糸と緯糸を準備して、デザインを考えて、織って、仕上げる。織物の全ての工程を学びたいと、アジェンデ美術学校のアガピト・ヒメネス・ロドリゲス氏に師事しました。
この時は1年間で30枚くらい大きいタペテを織りました。こんなにたくさんどうしようかと思って、日本に帰国した時に織ったタペテを展示してみました。それ以来、1年の大半はメキシコで織物を織って、冬に日本に帰国して展示をするという、行ったり来たりの渡り鳥みたいな生活をしています。サンミゲルで織るようになってから今年で15年目。長いようなあっという間のような。サンミゲルも自分も、だいぶ変わったような気がしていたけれど、先日、久しぶりに織物を始めた場所、アジェンデ美術学校に行ってみたら、静かにゆっくり流れる時間はそのままで、それがなんだかとても嬉しかったです。
学生時代より、旅することの楽しさを覚え、2005年メキシコにたどり着いたのが織物との出会い。2007年よりサン・ミゲル・デ・アジェンデの美術学校 Instituto Allendeにてアガピト・ヒメネス・ロドリゲス先生に師事し、織物を学ぶ。以来、サン・ミゲル・デ・アジェンデに工房を構え、伝統的な素材と織り方を踏襲しつつ、自由なデザインでラグ、タペストリー、バッグやクッションカバーなどを制作する日々。毎年冬に日本で個展を開催。
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