COLUMN

連載:アートスペース繭のコレクションより

Vol.1 布に広がる宇宙、アフリカ・クバ王国の布

Jun.18.2021
written by 梅田美智子

京橋で20年以上続いた「アートスペース繭」のオーナーであり、民族芸術のさまざまな展示を行なってきた梅田美智子さん。京橋のスペースは、2021年2月に惜しまれつつ閉じましたが、新しいスペースでの再始動のお知らせも届いています。梅田さんの、民族の布愛にあふれるコラム。1回目は、梅田さんがこの仕事を始める原点ともなったアフリカの布についてです。

 

伝説の場所での民族のモノ、布との出会い

新宿若松町の備後屋という諸国民芸の店の4階だったか5階だったか、かつて「華」というスペースがあった。そこが私にとってカルチャーショックとも呼べる、民族のモノ、布との出会いの場だった。もう30年以上前になる。絵が好きで、20代の終わりごろからギャラリー巡りをしていたが、子育ても一段落の頃、絵画と気の利いた焼きものなどを扱う小さな店をやりたいと思っていた。父が遺してくれた資金を元手に、あちこちのギャラリーを訪ねたり、作家に逢いに行ったりしていた頃だ。
そのスペースに一歩入った途端、他で感じたことのない、包まれるような不思議な感覚を覚えた。1本の樹から彫りだしたアフリカの大きなベッドや椅子、所狭しと積み重ねられた土器や籠、力強い風合いの布類……。色は無い、というより土の色の温もりが満ちていて、低く流れる音楽も心地よく、全身の力が抜けていくようだった。
店主はニコリともせず、さりとて無視するわけでもなく、たまにヒョイと机の下や棚から取り出したものをこちらに見せて、ボソリと説明する。どれもこれも素人目にもただものではないと感じさせるものばかり。
少し目が落ち着いてきた私に、「形というのは立っているものとそうでないとものとがある」というような話をされた。そのオーナーは、知る人ぞ知る伝説的な蒐集家、俵 有作氏*。日本で初めて民族アートを正しく芸術として見分けた人だと思っている。そして前述の言葉は、それからの私のギャラリー人生の基準になった言葉だ。このような民族の素晴らしい文化を扱ってみたい、若かった私は向こう見ずにもそう思い込み、幾度となく若松町に通った。

*俵 有作(たわらゆうさく・1932~2004) 日本の古玩具・古民具の蒐集家。古玩具研究者として著書も多く、また水墨を使ったドローイング作品の作家でもある。

 

アフリカ・クバの布の世界観に惹かれて

ある日、目の前に広げられた布に総毛立つような感覚を覚えた。胸がギュッと鷲掴みにされるような、と言ったらオーバーだろうか。それがアフリカ、クバ王国プショング族のアプリケと呼ばれる布だった。クバ王国は現在のコンゴ民主共和国(旧ザイール)に17世紀に成立した王国で、18もの民族集団から成りたっていたという。このアプリケはクバ王国のブショングという人々が作る布である。

プショングのアプリケ。赤の色は貴重なカムウッドという木の幹を染料にする。
カムウッドは聖なる木で、位の高い人の葬礼は、この木の幹に寄りかからせて座棺で葬られる。

草ビロードと呼ばれる布を作るのは、クバ王国のショワ族だ。布は二次元のものだが、優れた草ビロード の模様は三次元的、四次元的に見えて、ずっと眺めていると船酔いしたような気分になる。極めてシャーマニック な力を秘めている。

ショワ族が作る草ビロードといわれる布。
部族の歴史が記号化されて表現されているというが、すでに解読できる人はいない

クバの人たちにとってのこれらの造形は抽象ではなく具象だという。彼らの特異な能力は、目に映るものを記号化して記憶すると言われている。

クバの布はマチスやクレー、モジリアニ……近代のヨーロッパ絵画に大きな影響を与えた布だということを後日知った。

 

自分のギャラリーでの展覧会へ。原点とも言える「アフリカの布」展

それからというもの、プショング族アプリケ、草ビロードを探し回った。初めて見た時の「立っているかたち」の布は見つけるのはなかなか難しかった。技法が同じでも素材が同じでも、「民芸品とアートの違いを見極めよ」、そう俵さんに言われそうで見せに行けなかった。それでもきっと、アフリカの人々の暮らしと祈りの中で作られたものには、売りものとして作られたものとは違う緩やかな時間が感じられるに違いない。厳しい目よりも皮膚で感じよう、そう思い直した。

そして翌々年、待望の「アフリカの布」の展覧会を開いた。ラフィア椰子の葉の繊維を裂いたものを、縒りを入れずに糸にし、主に男たちが織る布。アプリケ、草ビロード、絞り………装飾を加えるのは女性たちだという。

飾り付けの終わった会場に立った時、流れる雲や、遠く地平線の彼方を移動する動物の群れが見えた気がした。 

プショング族の祭礼用の腰布は、長さが 6〜8 メートルほどもある。

ディダ族の絞り。わずか3色の組み合わせなのになんて美しいのだろうか。

※7月7日~11日、延期になっていた再スタート企画「AFRIKA アフリカ あふりか」展が開催される予定です。場所は浅草のスペースモス(台東区浅草2-7-13-6F)。詳しい情報は、アートスペース繭のHP、Facebook、Instagramをチェックしてください。

Profile : 梅田美智子 / Michiko Umeda

「アートスペース繭」オーナー。アフリカ、アジアの布、骨董、中国少数民族の衣装のコレクターでもある。大学卒業後すぐに結婚。子育てが一段落した頃、印刷関係の仕事を始め、ギャラリースタッフを経て、1990年に共同経営でギャラリーを運営。2000年に京橋に「アートスペース繭」をオープン。数々の企画展を行う。2021年2月京橋のスペースをクローズ。新しいスペースでの新企画を起動中。
https://www.artspace-mayu.com/
@artspacemayu

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