COLUMN

連載:メキシコ手工芸便り

Vol.3 キシコの天然染料とソノラ市場

Mar.8.2022
written by 村井由美子
コショウボク、蘇芳、枇杷の葉など天然染料で染めた羊毛の糸。

メキシコ中部にある世界遺産の街、サン・ミゲル・デ・アジェンデ在住の染織家、村井由美子さんは(活動の紹介はvol.1vol.2)、主に自然の染料を使い、自身で羊毛を染めて織りをしています。連載3回目は、メキシコの色、染料のお話しです。

 

メキシコの自然がもたらす色

2018年に、メキシコシティにあるMuseo de Arte Popular(民芸品博物館)で「MEXICO TEXTILE」という展示がありました。メキシコ各地の民族衣装や様々な素材の織物や刺繍、それから染料を網羅する大変見応えのある展示でした(ちなみに「MEXICO TEXTILE」は全4回のシリーズとのことで、2019年と2021年にもテーマを絞ってメキシコのテキスタイルに関する展示をしていました)。

メキシコで使われている染料とそれで染めた色のパネルと染料の実物。2018年、民芸博物館「MEXICO TEXTILE」の展示より

メキシコの天然染料といえば、様々なトーンの赤を出すGRANA COCHINILLA(コチニール)や インディゴ染料のAÑIL(ナンバンコマツナギ)、黒に染まる PALO DE CAMPECHE(ログウッド)などが、スペイン人がやって来る16世紀以前から染めに使われていたことはよく知られています。さらにこの展示では、GUALDA(ホザキモクセイソウ)、GUAMÚCHIL(マニラタマリンド)、ACHIOTE(ベニノキ)、HENO(チランジアウスネオイデス)などなど、それまで知らなかった染料の名前がたくさん出てきて、改めてメキシコの自然と文化の豊かさに感嘆するばかりでした。化学染料が普及する以前、そしてスペイン人がやって来る以前からこの土地を彩ってきた「色」はどんなだろう。そんな興味がわきました。

メキシコは広く、その植生は様々です。乾燥した高原地帯もあれば、熱帯の密林もあります。その土地で手に入る植物は限られたものだったのだろうか。アステカやマヤなどの時代には、離れた土地とどのような交易があったのだろうか。そんな興味は尽きませんが、いま現在、メキシコ各地の様々な植物がぎゅっと集まる、そんな場所がメキシコシティにあります。

メキシコ全土の薬草が集まるソノラ市場

その場所とは、メキシコシティの中心ソカロの南に位置する、ソノラ市場です。16世紀以前からあった青空市場に由来する伝統的な市場のひとつで、隣接するメルセー市場の中に最寄りの駅があって、その地下鉄駅を出た瞬間からカオスの中に放り込まれます。迷路のように張り巡らされた狭い通路の両脇に並ぶ野菜の色鮮やかさ、肉の生々しさ、香辛料の混じった何とも言えない匂い、あちらこちらに響く売り子の掛け声に圧倒され、人と物があふれる市場のすさまじいエネルギーに武者震いします。しばらく進むと、生鮮食品から日用雑貨へと売り場が変わり、パーティーグッズなどが並び始めると、目指すソノラ市場はもうすぐです。

 

ソノラ市場は別名“魔女市場”とも呼ばれ、薬草や魔術、オカルティズムと結びつきの強い場所として世界的にも知られています。実際、コパル(琥珀香)が焚き染められている入り口の一角を過ぎると、次第に売られているものが一体なんなのか、よくわからなくなってきます。石や貝殻、干からびた何かの生物、怪しげな粉……。面白そうだけれど、何をどう尋ねたらいいのかもわからないくらいのミステリアスゾーン。売られている薬草の数は膨大で、多分手に入らないものはないと思うほど。これらの薬草の中に、染色に使える植物も含まれているというわけです。

メキシコの薬草で手に入らないものはないソノラ市場。ひっきりなしにお客さんがやって来る

とりあえず、欲しい染料の名前を伝えると、期待以上にいろいろ出てきます。例えば、PALO DE CAMPECHE(ログウッド)が欲しいと言えば、芯材、樹皮など様々な部位が出てきます。そもそもお店の方たちは薬草を売っているのであって、染料を売っているという意識はないのです。どんな効用を求めているのかを聞いて、それに適うものを売っているのですから、薬草は売る方にも買う方にも求められる本気さ、マニアックさが他とは違うのだということを、染色に挑戦していくうちに学びました。

これまで、ソノラ市場で手に入れた染料には、メキシコシティの南に接するモレーロスや、メキシコ北部高地のサン・ルイス・ポトシ、カリブ海に面したベラクルスや、ユカタン半島のキンタナローなどから集まってきたものがありました。異なる気候、離れた土地にそれぞれ根付いている薬草文化。人と自然の豊かな交わりを実感するとともに、そこに育まれた「色」の感覚を追体験したい、様々な染料を目の前にしてそう思わずにはいられません。

Museo de Arte Popular(民芸品博物館) https://www.map.cdmx.gob.mx

Profile : 村井由美子 / Yumiko Murai

学生時代より、旅することの楽しさを覚え、2005年メキシコにたどり着いたのが織物との出会い。2007年よりサン・ミゲル・デ・アジェンデの美術学校 Instituto Allendeにてアガピト・ヒメネス・ロドリゲス先生に師事し、織物を学ぶ。以来、サン・ミゲル・デ・アジェンデに工房を構え、伝統的な素材と織り方を踏襲しつつ、自由なデザインでラグ、タペストリー、バッグやクッションカバーなどを制作する日々。毎年冬に日本で個展を開催。
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