INTERVIEW

向井詩織インタビュー
ブロックプリントの”表現”を探して
Jul.1.2019

インド、カッチ地⽅アジュラクプールのブロックプリントの⼯房で、初の外国⼈プリンターとして活動をしている向井詩織さん。いわゆるインドのブロックプリントのイメージや概念を覆す、ダイナミックな作⾵が注⽬されています。いつから染織を? という問いに、「テキスタイルに興味を持ったのは、⼤学を⼀度中退してからなんです」という意外な答え。向井さんのブロックプリントに対する思いをおうかがいました。

 

スタートはグラフィックデザインを志して

最初はグラフィックデザインを勉強したくて、武蔵野美術⼤学(以下ムサビ)のデザイン情報学科に進みました。デザインに関わる戦略や仕組み作りにも興味がありました。でも、1年で⾏き詰まってしまって(笑)。2年⽬はアルバイトでお⾦を貯めながら、留学をしようか、でも⽬的がなく留学してもどうなんだろう、インターンシップの⽅がいいんだろうか…など悩んだ末に、「旅に出よう」と決⼼し、⼤学は2年で⼀度退学しました。このまま⼤学で3年、4年と進んでも何も得られないままだなと思ったんです。

1年半くらい世界を放浪して、また⼤学に戻ろうと思っていました。南⽶のボリビアから旅を始めたのは、ウユニ塩湖に⾏きたかったから。その後、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、ペルー、エクアドル、パナマ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカと巡り、グアテマラで4ヶ⽉、メキシコで4ヶ⽉、スペイン語の勉強をしました。これでほぼ1年が過ぎてしまったわけです。

グアテマラやメキシコに⻑く滞在し、たくさんきれいな布を⾒たのに、まだ「テキスタイル」ではなかったんですね。メキシコでお⾦が尽きて⼀時帰国し、すぐオーストラリアに⾏って働きながらお⾦をためて アジアへの旅に出ました。そして、インドでテキスタイルに魅⼊られてしまったのです。コルカタから⻄へと旅し、アーメダバードのキャリコミュージアムに⾏った時にガーンと⼤きな衝撃を受けました。あまりの衝撃に、3回⾏ってみたのですが、⾏くたびにまたガツンとくる。キャリコミュージアムは刺繍布が多くて、ブロックプリントはわずかなんですが、インドの布はエネルギーがすごい。すっかり⼼を奪われてしまいました。
キャリコミュージアム=アーメダバードの市内北部にある、 サラバイ家という繊維業で成功した財団が所有する美術館。インドの第⼀級の染織物が⾒られる。(キャリコ=更紗の意)。

 

放浪の旅の先で出会ったブロックプリント

ミュージアムで出会った外⼈さんが「もう少し⻄に⾏ったらもっと⾯⽩いものが⾒られるよ」と教えてくれ、それでカッチに⾏きました。アジュラクプールでブロックプリントに出会って、そこで初めて「ああ、ちゃんとテキスタイルを勉強したい」と思ったんです。今もお世話になっているスフィヤン・カトリの⼯房で、アジュラック染めの体験もさせてもらいましたが、⾃分はあまりにも布の知識がなさすぎると痛感し、染織の基本を学ぼうと決⼼しました。藍染など⽇本の伝統⼯芸に弟⼦⼊りすることも考えましたが、ムサビに戻ってテキスタイルを勉強することにしました。そのまま半年カッチに滞在して、資料を読んだり、まとめたり、いろいろなテキスタイルの⼯房を巡って作品作りに専念し、そのポートフォリオを持って受験に臨んだのです。今思うと、なんでパッションがあったのかと思いますね(笑)。決めてからはまったく迷いはありませんでした。
※アジュラックプリントの職⼈としてインドで⼈間国宝となったイスマイル・カトリ⽒の息⼦、スフィヤン・カトリ⽒の⼯房。

向井詩織さん提供

 

⼤学での試⾏錯誤の⽇々

⽇本に帰国して、ムサビの⼯芸⼯業デザイン学科のテキスタイル専攻の3年⽣に編⼊したわけですが、この学科は1〜2年で基礎を学んで、3年からは⾃分のオリジナルの制作に⼊るという事実を⼊学してから知りました。なんと3年からだと基礎が学べない。私はインドで得た知識しかないので、じゃあブロックプリントを突き詰めようと。

インドのブロックプリントは、美しくて、きっちりしていて素晴らしいのだけれど、実はそのことに若⼲違和感がありました。整然としてなくても、ずれていても、かすれていてもいいんじゃないかと。もっとイキイキとした、ブロックを⽣かしたデザインを考えてみたいと思ったのです。例えば1個だけのブロックで何ができるか考えてみたり、⾊数を少なくしたり。インドの伝統的な技法を踏襲するけれども、表現するものは製品ではなくて、アートにしたいと思いました。

ブロックプリントをやる学⽣はもちろんいなくて、型染め、シルクスクリーンが主流。普通の染織は先媒染か後媒染かなので、染料⾃体に媒染剤が⼊っていて、それを押すというブロックプリントは説明も難しく、「⽊版スタンプね?」みたいな反応でした。最初の1年は、なるべくミニマムな⽅法でブロックプリントの表現を探っていました。インドの版⽊のように細かくなくてもいいし、⽊版の形を⽣かした、「押す」という技法で、シルクスクリーンや機械では絶対出せない⼿の温もりを出せないか。同じ⾏為をしているのに、押す⼈によって、⽣まれてくるものが違う⾯⽩さ。ブロックプリントだからできること、ブロックプリントにしかできない表現を追求したかったのです。

 

花の⾊を直接布に叩きつけた卒業制作

在学中もカッチへ通いました。滞在中の宿では、いろいろな国からのバイヤーに会う機会が多かったのですが、みな「これがハンドメイドってすごい。でもちょっとずれたり、かすれているところ、そこがいい」と⾔うんです。それなら、「ずれ」や「かすれ」を前⾯的に出したデザインもありなんじゃないかなあと思っていました。

卒業制作では、ビオラの花の⾊を直接布に染めつける作品を作りました。ひとつひとつ⼿間をかけているのに、最終形が⾒えているのはつまらない、もっとダイナミックなものを作りたいと思ったんです。「押す」という⾏為で、布に⾊や⽂様をつけるのに、⼀番⼿取り早いのは花をそのまま叩くことなのでは?と思い、ビオラ400株を育てながら、⻑さ10mの布に花を直接置き、ハンマーで叩いて⾊素を写しました。

向井詩織さん提供

同じ作業の繰り返しなのですが、予想外のものが⽣まれます。媒染剤などは使いませんでした。「そのままの⾊でいいじゃない」という思いがあって。染織の基本がないからそんなことを考えたのだと思います。定着させない。⾊が抜けてしまえば、作品として残せないかもしれません。それはそれでいいと思いました。
美しいものを染めるためには犠牲がいります。それでも⼈間は⾊をついたものを着たい、作りたい。そんな⼈間のエゴ、醜い部分をも表現したかった。作っては廃れていく、⾊が抜けて⾏く過程のグラデーションも美しさだと思いました。ありがたいことに、この卒業制作は優秀作品賞をいただきました。

 

インドと⽇本、⼆拠点の制作

向井詩織さん提供

卒業後は、スフィヤンの⼯房でブロックプリント制作を始めました。滞在する場所や、制作のスペース、道具、材料を提供してもらう代わりに、私はデザインを提供しています。スフィヤンは英語も話しますが、他の職⼈さんはカッチ語で⾔葉が通じません。みんな忙しいのでほとんど放置なのですが、まずはコミュニケーションを取ることから始めました。かすれを⽬⽴たせたり、わざとずらしたり、そんな私のブロックプリントを⾒て、最初は「なんだコイツ、変なことやってる」と、覚めた⽬で⾒て、無⾔で去って⾏く感じでした(笑)。

でも途中で私が何をしようとしているのか察してくれたようで、「この⼦に教えても、その通りにはやらないんだろうな」「同じことをしたいわけじゃないんだ」と、だんだん「異端児」として認識されてきたんです。
ある時、作ったものをまとめてスフィヤンに⾒せたのですが、「これはゴミだ」とはっきり⾔われました。

「やりたいことはわかるけど、これはマーケットでは価値がない、ゴミになってしまう」と。スフィヤンは有能なビジネスマンなのです。でも内⼼では「こういうものを⽇本⼈は意外と好きなのかもしれない」「シオリは、ブロックの⼿の感じを出したいんだろう」とわかってくれてはいたようです。

ゴミと⾔われても、私は⽅向性を変えませんでした。⾬季(6〜9 ⽉)が終わって、観光客やバイヤーが来るようになって、そこで外の⼈に褒めてもらい、なんとありがたいことに、インドのファッションデザイナーが私のデザインをオーダーしてくれたのです。「とてもいい」と褒めてくれ、スフィヤンも「オーダーが⼊ったなら作ろう」みたいな感じになり(笑)。

そして、その後、オーストラリアのとあるデザイナーも評価してくれたあたりから、スフィヤンは「シオリのデザインは売れるのか?」と⾒る⽬が変わってきたんです。インドマーケットでは絶対ダメと⾔っていたスフィヤンが、だんだん「いいね」と。嬉しかったですね。

インドのブロックプリントは、ブロックの模様や染料が重なるというのはNGでした。かすれ、まだら、抜けはもちろんです。⾔ってしまえば、私はタブーばかりでデザインしているのかもしれません。防染の上に染料を乗せたりもするのですから、何やってるの?って感じです(笑)。でも誰もやっていないことをやりたいんです。

今後も、1年の半分はインドで制作して、⽇本で展⽰会をしてという活動を続けていきたいのですが、今はこの状況なので、今年はどうなるかわかりません。早く、安⼼して⾏き来ができるようになることを願うばかりです。

撮影/寺井晃⼦、⽂/菅野和⼦

 


*向井詩織さんの個展
「SHIORI MUKAI TEXTILE solo exhibition “Block Mon Yoh“」
2020年7⽉9⽇(⽊)〜14⽇(⽕) 代々⽊上原hako gallery
SHIORI MUKAI TEXTILE
Online Catalogue(2020/7/10〜22限定公開)
Facebook Event page
*インドでの制作の様⼦は、7⽉10⽇のトークイベントでお話しいただきます。
https://peatix.com/event/1532854/view

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