COLUMN

連載:遊牧⺠のラグ(トライバルラグ)の魅⼒

Vol.2 遊牧民の生活道具として生まれた毛織物

Aug.6.2021
written by 榊 ⿓昭(tribe)

 

ラグに宿る野生、そして民族の誇り

前回に続き、トライバルラグの魅力と、その文化的背景を探っていきたいと思います。

トライバルラグの最大の魅力は、そこに「野生」が宿っているからだと考えています。

その「野生」の感覚は、特に遊牧民が生活の道具として織った毛織物に強く宿っているように感じます。「野生」とは未開社会の象徴のようにも聞こえますが、実は人間が共通して持っている本能的な感受性とも言えるのではないでしょうか。

イランのホラサーン地方の絨毯織 (上は水平機、下は垂直機)

時間をかけてじっくりと織られた遊牧民のラグには、家族や共同体が末永く平和に暮らすために欠かせない知恵と、未来へ受け継がれる民族の誇りが鮮やかな色彩や美しい紋様で表現されています。

繰り返しになりますが、「羊を育て、毛を紡ぎ、草木で染め、機で織る」、でき上がるまでのすべての行程を自分たちで行っているのが遊牧民のラグです。糸を紡ぐだけでも何年もかかる並大抵な作業ではありませんが、それこそが遊牧民の「暮らし」の一部です。

ひとつひとつの結び目には完成までの物語があり、縦糸と横糸の間にこめられた織り手の息遣いが感じられます。

遊牧民にとって織り上がったラグは、生まれたての子供のようだと喩えられることがあります。遊牧生活の中で何十年も使い込まれることで成長し、熟成し、最後は味わいのあるアンティーク絨毯として完成して行きます。

バルーチ系ティムーリ族 メインラグ ホラサーン州(イラン~アフガニスタン国境付近)

 

遊牧民とヒツジ 〜西・中央アジアの羊毛文化の源流

アフガニスタン~パキスタン国境のブラーフイー遊牧民の織機

遊牧民のラグの原料となる羊毛という素材は、いつ頃から人の暮らしに関わって来たのでしょうか?
ヒツジやヤギが家畜化されたのは紀元前7000年頃と言われています。

初期の家畜化の目的は、食肉としての資源を安定化することにあったようですが、紀元前5000年頃からは、毛やミルクあるいは使役などの副産物を目的にする、いわゆるドメスティケーション(家畜化)が進んだようです。

牧畜の起源であると考えられるメソポタミア遺跡に近い、
イラク、シリア~イランの乾燥地帯で見られるファットテイル種羊は、尻尾に脂を蓄える種類の羊

食肉以外での利用についてのエビデンスが、最近の考古学研究の成果で解明され始めています。たとえば、紀元前6000年頃のトルコの遺跡から、多数の穴が空いている土器が発掘されているのですが、それがヒツジやヤギのチーズを製造する過程で水分を分離させるために使われた容器ではないかと注目されています。

毛の利用についても同様で、動物考古学による羊などの骨の分析から、その頃には食肉以外の人への利用が始まったのではないかという考え方が出てきています。
食肉のみに利用される場合、肉の柔らかい若いヒツジ(ラム肉)が好まれるので、若い羊の骨が多く出土するのですが、羊毛やミルク目的もあったと考えられるのは、子を持つメスや去勢されたオスのヒツジの骨がバランス良く見つかっていることに由来するようです。 理由は定かではありませんが、去勢されたオスヒツジからは良質の羊毛が得られるということを、イランのクルド遊牧民から聞いたことがあります

 

繊維としての羊毛。ヒツジと人間との長い付き合い

人間は、良質な羊毛であるウール(下毛)を発見し、利用してきました。ヒツジやヤギの家畜化がはじまってから、外毛(外気から身を守る硬い毛)の下に隠された繊維原料として利便性の高いウールの存在を、どうして知り得たのでしょうか。

現在、オーストラリアなどで繊維用に改良されたメリノ種ヒツジに代表される柔らかい毛を持つヒツジを「ウールタイプ」のヒツジと呼ぶようですが、そのウールタイプのヒツジの最古のものではないかと言われているのが、イラン西部のテペ・サラブ遺跡から出土した紀元前5000年頃のヒツジを象った土人形(土偶)です。

テペ・サラブのヒツジを表す粘土の人形(長さ6cm)。
参考 https://www.penn.museum/sites/expedition/iran-9000-4000-b-c/

その土のヒツジの胴体にはV字形の彫型が並んで施されているようですが、このV字形モチーフが毛織物に利用できるウールの特徴である「縮れた毛」を表現しているとう研究者がいます。

また、シリア、イラク〜イランでは土器新石器時代から銅石器時代にかけて、タビュラー・スクレイパーと呼ばれる、平たい半円形の特徴的な石器が多く出土しています。


出土されたタビュラー・スクレイパー。
羊の毛刈りに使われていたとされる

この石器は毛を刈るのにも使用されていたとされ、このエリアでかなり古い時代から羊毛を繊維として利用していた可能性を物語っています。

また西アジアの気候は夏が厳しく、夏毛に変わる時に毛が自然に抜け落ちたり、岩などに擦りつけて落ちた毛を集めたということも想像できます。

紀元前3000年になると、メソポタミアの粘度板文書からウールタイプのヒツジの存在が明確に区別されていることがわかっています。

土器や石器と違いタンパク質の羊毛は土に戻ってしまうので、現物の考古学資料が少ないことから謎が多かったのですが、このところの目覚ましい考古学調査と地道な研究成果から、ヒツジと人間の長い長い共存関係を知ることができるようになりました。日本がまだ縄文時代頃の頃に、西アジアではすでに羊毛素材を利用した織物がかなり発達していたということになります。(つづく)

参考資料:『ムギとヒツジの考古学』  藤井純男著、『羊毛のドメスティケーション』 須藤寛史著

Profile : 榊 ⿓昭(tribe) / Tatsuaki Sakaki

秋⽥県⽣まれ。20代の時にパキスタン⼈の絨毯商、イランでのトルクメンの⻘年との出会いをきっかけに部族の絨毯に魅せられ、tribe(トライブ)という屋号で遊牧⺠⽂化や先住⺠族のテキスタイルの販売を始める。全国各地で展⽰会などの傍ら、⼈々の⽣活の中から⽣まれるテキスタイル⽂化の魅⼒を伝えるために活動。⾃⾝のサイトでも多くのコラムを発信している。東京清瀬市にショールームがある(アポイント制 090-9133-9842)。
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@tribesakaki36

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