COLUMN

連載:メキシコ手工芸便り

Vol.2 スペインからもたらされたもの、そしてメキシコで生まれたもの

Jul.16.2021
written by 村井由美子

 

前回のコラムで、サン・ミゲル・デ・アジェンデの町と、そこで織物を始めたきっかけを書きましたが、今回はそこで織られている織物「タペテ」についてもう少しご紹介したいと思います。

簡単に言うと、タペテとは毛織物の敷物のことです。メキシコにおけるタペテの歴史は、今から500年ほど前、16世紀前半の大航海時代のスペイン人による征服から始まります。というのも、タペテを織るのに必要不可欠な高機(足踏織機)と羊(羊毛)はスペイン人によって初めてメキシコの地にもたらされたからです。

メキシコではスペインによる征服以前から、主に木綿などの植物繊維を素材に、腰機(原始機)による織りが母から娘へと代々受け継がれていました。
メキシコには今も60を超える多様な先住民のグループがあって、人口の約3割を占めています。彼らの間に受け継がれてきた腰機による豊かな織物文化の、その多様さ、美しさ、緻密さはため息が出るほどです。

メキシコ州の織物。2018年Museo de Arte Popular(民芸博物館)での展示「MEXICO TEXTILE」より。
腰機で織られた民族衣装のマント。

一方、高機を使って羊毛で織られるタペテは、メキシコの高原地帯を中心に作られています。私が住むサン・ミゲル・デ・アジェンデのほか、サカテカス、サン・ルイス・ポトシ、トラスカラ、それからオアハカなどが生産地として有名です。多くの地域で男性によって織られていて、以前訪ねたコロンのいう町の職人さんの話では、一昔前まで女性は機に触れることすら許されなかったというくらいです。

 

大きくて年季の入った高機で織るサン・ミゲル・デ・アジェンデの織物職人さん。

スペインによる征服以降、メキシコの気候や植生に順応した羊はあっという間にメキシコに定着して、羊毛は織物に使われる新たな素材として重宝されるようになりました。

メキシコの田舎では羊がのんびり歩いている光景もよく見られます。

中央高原地帯で羊毛と高機の織りが広まっていったのは、その涼しく乾燥した気候が羊毛で織られた毛織物を纏うのに適していたこと、銀鉱山の発掘によって町が栄えたこと、そしてヨーロッパに向けた市場があったことなど、買い手も作り手も集まりやすかったことがあげられます。

地域的にも時代的にも多様で重層的なメキシコの織物文化は一言では語りきれませんが、もともとあったメキシコの先住民の人々の織物文化に、スペイン人によってもたらされた新たな道具や様式が徐々に受け入れられ、互いに浸透しあい影響を与え合いながら今に繋がっているのだと思います。

 

自由で豊かなサン・ミゲル・デ・アジェンデのタペテ

現在、メキシコで高機を使った織物のほとんどは、シンプルな平織で、それゆえ柔軟な表現が可能です。織られるデザインは地域によって特色がありますが、サン・ミゲル・デ・アジェンデではより織り手の個性が現れる、自由なデザインが多いように思います。そしてそれは私がサン・ミゲル・デ・アジェンデの織物を好きな理由の一つでもあります。

サン・ミゲル・デ・アジェンデの織物。
2012年、サンミゲル近郊の町、サン・ルイス・デ・ラ・パスの古い教会跡にて行われた織物の展示の様子。
著者の作品。色も模様も自由に。

またアジェンデ美術学校やニグロマンテ文化センターといった場所で、早くからメキシコ各地の学生や外国人を受け入れ、タペテを学ぶ機会を提供していたのも、そんな自由な気風を育んだ理由かなと思います。織物に対する柔軟性、そして大らかさがサン・ミゲル・デ・アジェンデのタペテからは感じられます。

Profile : 村井由美子 / Yumiko Murai

学生時代より、旅することの楽しさを覚え、2005年メキシコにたどり着いたのが織物との出会い。2007年よりサン・ミゲル・デ・アジェンデの美術学校 Instituto Allendeにてアガピト・ヒメネス・ロドリゲス先生に師事し、織物を学ぶ。以来、サン・ミゲル・デ・アジェンデに工房を構え、伝統的な素材と織り方を踏襲しつつ、自由なデザインでラグ、タペストリー、バッグやクッションカバーなどを制作する日々。毎年冬に日本で個展を開催。
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